DATE 2010. 4.18 NO .



――何のためにここへ来た?

「……何やってんだか、俺は」

 ミスト村は既に森の向こう、振り返ったところで見えるわけがない。
 けれど瞼裏には、かの村の光景がしっかりと焼きつき、離れない。

 通うその都度、深く、深く刻み込まれる、明るい村の表情。
 「復興の希望」を得た、笑顔。

 エブラーナの始めた支援は細々としたものだったけれど。

――支援?

 巡り巡って――いつか。
 そう、信じてこの道を通う。

――エブラーナはようやく立ち直ったばかりなのに?

 リディアに、会いに行く。

――何のために、ここへ来た?







「あー…腹減ったぁ……」

 「本来の用事」も終え、滞在中は自由に、と提供されたバロン城内の一室に戻る。
 何の気なしに呟いた一言に、今まさに部屋から出て行こうとした傍仕えの者が足を止めた。

「何か手配を――」
「いや、いい」

 すぐにでも駆け出していきそうな忙しない表情を片手で制しながら、エッジは荷物の中を探る――あった。

「ちょっと小腹が空いただけだ、気にするな」

 言いながら目当ての焼き菓子を取り出し、口に放り込む。

「お、結構うまいな、これ」

「それは…?」

「リ――ミストでもらってきた焼き菓子だ」

 嘘ってわけじゃあない。
 ミスト村のリディアの家にあったものを勝手に「もらってきた」だけで。

「住民の手製ですか」

 そう問い返す相手に、エッジはふっと相好を崩す。
 少し前なら「何故そのような危ない真似を!!」だったに違いない。

「いや、どっかの店で買ったんじゃないか? ちっとばかし大ぶりな気もするが、バロンなら何でもありそうだしな」

「ミストというと閉鎖的な印象がありましたが……」

「ははっ、俺達にだけは言われたくないだろ!」

 それに俺の知ってるあいつは――
 呑み込んだ言葉を、大声で笑い飛ばした。






「――まぁ、いいか」

 目を閉じると、かの村の光景が鮮やかによみがえる。
 彼女の名前を口にする人々の明るい声音が、響く。

「楽しそうにしてたしな……また来るんだからな……」

 ……何やってんだか、俺は。







≪あとがき≫
 夢見る王様になるのは、まだ、先の話。





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